学部長入学式挨拶
平成23年度京都大学法学部入学式
法学部長挨拶 村中 孝史
新入生の皆さん、本日は入学おめでとうございます。また、ご家族、ご関係の皆様におかれましても、お喜びはいかばかりかと拝察いたします。心より、お祝い申し上げます。
先月には東日本大震災があり、ここにご出席の皆様の中にも、ご自身が被災されたり、あるいは、ご家族、ご親戚等が被災された方もおられるかもしれません。被災された皆様に対し、心よりお見舞い申し上げます。
本日の入学式に臨み、新入生の皆さんは、これからの大学生活に対して期待半分、不安半分というところではないかと思いますので、最初に、本学部での教育について、少しお話ししたいと思います。
京都大学では、四年一貫教育の体制をとっておりますので、最初の2年間は教養教育、後の2年間は専門教育といった区分けはしておりません。皆さんは1年次から法学部に入学され、
4年間をかけて法学・政治学の専門教育を受けることになります。しかしながら、このことは、教養教育の意義を否定するものではありません。
法学や政治学という学問は、法的な現象、政治的な現象を分析する学問です。法学について言えば、対象は法律だけのように見えますが、法律は社会の中において機能するものとして存在しており、
それが社会の中においてもつ意味を理解して、はじめて法律に対する理解が可能となります。そして、その法律を適用して紛争を解決したり、あるいは、組織管理を行うことが可能となるのです。
したがって、法学や政治学を学ぶにあたっては、常に社会や人間というものに対する理解を心がけることが必要であり、そのためには、
法学や政治学以外の観点から社会や人間を見ることも重要な意味をもちます。社会や人間には様々な側面がありますので、ある側面だけを見てこれらを理解できたと考えるのは間違いです。
法学や政治学の場合も同様です。そういう限界があることをよく理解し、そして、その限界をいささかなりとも超えるためにも、やはり社会や人間を見るための多様な視点を身につけることが重要です。
そのような観点から、四年一貫の法学部教育におきましても、とくに1年次、2年次には、語学科目や一般教養科目の履修を皆さんに求めております。
これらの科目は、一見、法学や政治学とは無関係のように見えるかもしれませんが、今申し上げたような重要な意味をもっておりますので、皆さんが、それぞれの科目に真剣に取り組まれることを期待いたします。
さて、本学を卒業した先輩方は、実に多くの分野で活躍されています。経済界、官界、政界で活躍されている先輩、もちろん法律家として活躍されている先輩も多数おられますし、
私どものように教育・研究職についている先輩の方もおられます。学生の時代というのは、将来の自分を考えるという非常に重要な時期であります。高校でも、文系、理系という選択をされ、
受験では、学部の選択をされたわけですが、大学では、将来の具体的な仕事を考える必要が出てきます。皆さんの中には、すでに将来の進路まで決めている人もいるでしょう。しかし、
とりあえず入ってから決めようと考えて、法学部を選んだ人も少なくないと思います。いずれの場合であっても、この4年間で、社会の中において自分がどのような役割を果たしてゆくのかを、
じっくり考えていただきたいと思います。
皆さんの中には、法律家を目指し、法科大学院進学を考えている人が少なくないと思います。法学部で学ばれる皆さんの中から、多くの優秀な法律家が育つことは喜ばしいことであります。
しかし、法科大学院進学を考えられるにあたっては、自分が法律家としてどのような仕事をしてゆくのか、ということを今一度よく考えていただきたいと思います。
また、皆さんが学問を通じて社会や人間に対する洞察を深められれば、この社会には実に多様な活躍の場があることを知ることと思います。
先ほど申し上げましたように、皆さんの先輩達は、法律家以外の分野においても活躍されており、その数は、法律家よりもずっと多いのです。
皆さんもご承知のとおり、わが国はグローバリゼーションに対応して、官主導の社会から民主導の社会へと転換すべく、様々な改革をしてまいりました。
法科大学院制度もその一環であり、法というものが社会生活のルールとして機能するために、社会の様々な場面に法律家を供給することが必要との観点から、導入されたものです。
このような方向性は今なお不可避であり、わが国においても社会における法の意義は次第に大きなものとなってゆくものと思います。
しかしながら、こうした変化は急速に進むものではなく、また、2歩進んでは1歩下がるような性質のものです。法科大学院制度の導入が議論された際には、法律家の資格をもった人たちが、
裁判官、検察官、弁護士といった狭い意味での法律家としてだけでなく、民間企業や公共機関など、広く社会の中で活躍する未来が想定され、また、すぐにでもそのような社会が到来する、
あるいは、すべきだと考えられたように思います。しかしながら、旧来のものを変革することに対しては逆風も存在し、結局、司法試験制度も、
また、法科大学院の教育内容も、狭義の法律家の養成を主眼としたものに落ち着きつつあるように思います。
法律家の養成、あるいは、法科大学院制度のこうした現状を踏まえますと、従来、法律家だけでなく、社会の様々な分野において、
指導的地位に立って活躍する人材を輩出する役割を担ってきた本学部としましては、皆さんが、法科大学院への進学だけに目を向けるのではなく、経済界や政界、官界、
あるいは、国際機関など、様々な方面にも目を向けた上で、自分がこの社会においてどのような役割を担うべきかを考えていただきたいと期待するところです。
したがって、本学部における教育は、けっして法律家養成のための専門教育を行うものではありません。むしろ、将来、法科大学院へ進学して法律家になる人にとっても、
また、民間企業や公務員等として活躍する人にとっても、等しく必要となるような、法学、政治学に関する基礎的専門教育を行うものです。冒頭にも申し上げましたように、詰まるところ、
これは社会や人間に対する洞察力を身につけてもらう教育であり、皆さんが、将来、社会の様々な分野において、指導的地位に立って組織の管理や舵取りを行えるだけの力を身につけてもらおうという教育です。
皆さんが、本学部の教育内容について理解をされ、それを存分に利用して欲しいと考えています。
皆さんが、これから学生生活を送られるにあたり、二点、申し上げておきたいことがあります。
一つ目は、自由には責任が伴う、ということであります。皆さんご承知のとおり、京都大学は、沢柳事件や滝川事件に見られますように、わが国において学問の自由や大学の自治を確立する上で多くの犠牲を払ってまいりました。そのようにして勝ち取られた自由や自治は、教育、研究に多くの実りをもたらしてくれました。しかし、他方で、自由や自治は、常に堕落の危険と隣り合わせです。大学教員が、その責務を忘れて自由や自治のみを主張するとき、その教育、研究の社会的意義は危うくなります。また、学生がその本分を忘れて自由を主張するならば、学生としての成果は危うくなります。いずれの場合にも、そのことの責任を負うのは本人であります。逆に言いますと、この責任に対する感性を失ったとき、組織や個人は堕落し、社会から遊離した存在となり、あるいは、手厳しい制裁を受けることになります。皆さんは、大学生活で自由を感じられることと思いますが、自由の持つ意味をよく考えて行動して欲しいと思います。
二つ目は、我々が社会的な存在であり、他者とのかかわりの中で生きているということを再度自覚し、このことをより積極的にとらえて欲しい、ということです。技術の発展で、他者とのかかわり方も変化しつつありますが、大学では、極力、仲間と語り合うことをして欲しいと思います。皆さんは、縁あって、仲間となられました。たしかに、自分の考えを仲間にぶつける、というのは、なかなか勇気の要ることです。しかし、そうしたぶつかり合いをしないと、本当に相手を理解し、また、自分を理解することはできません。自分たちは、そうした仲間どうしであると考えていただきたいと思います。こうした営みを何度か繰り返すうちに、おそらく、自分が、将来、担うべき役割も見えてくるのではないかと思います。けっして1人引きこもるようなことはせず、多くの仲間と真剣に語り合うことをして欲しいと思います。
京都大学法学部は、明治32年に創立され、長き伝統を有しております。その基本理念は、時流に流されず、自由闊達な討議により、原理を追究するというものです。
長い伝統は、時に保守的な傾向を生み、変化への対応に慎重となります。しかし、本学部は、そのような意味での伝統に縛られる、ということを嫌い、
むしろ、積極的に新たな挑戦を行ってきたと思います。法科大学院制度の導入に際しても、本学部は、先頭に立って時代を切り開いたと自負しています。時流に流されるのではなく、時代を切り開くことこそが重要であり、まさにそれが本学部の伝統であると考えています。皆さんが、このような基本理念に共感され、それぞれがそれぞれの分野で時代を切り開いていかれるよう、そして、そのための力を本学部の教育の中で培っていただくよう、切に希望するものです。
皆さんの前には、様々な可能性が広がっています。その可能性をどのように利用されるかは、皆さん次第であります。私たち教員ができますのは、皆さんの成長を手助けすることであって、成長するのは皆さん自身です。学問とは、教えてもらうことではなく、自ら問いかけ、学び、見つけ出すことです。私達は、自学自習の精神を重んじて、教育、研究にあたって参りました。皆さんが自学自習されるのを、私達は最大限支援するものです。皆さんが、研鑽を積まれ、これからの日本社会、国際社会で活躍される力を身につけられるよう、期待するものです。
本日は、入学、おめでとうございました。
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